Tokyoには要らない人間が多すぎる

世の中には一番(No.1)が好きな人間と一番が嫌いな人間がいる。

一番が好きな人間の中には一番になりたい人と、一番の雰囲気に浸りたい人がいる。
一番が嫌いな人間の中には一番になりたくてなれなかった人と、一番が哀れだと思っている人がいる。
人間の性なので、実力の有無に関わらず一番になりたい人と、なりたくてもなれなかった人には何も言うことはない。
僕が問題だと思うのは、一番の雰囲気に浸りたい人と一番が哀れだと思っている人の存在だ。

Type1:一番の雰囲気に浸りたい人

彼らは一番になりたいわけではないが、一番というモノに憧れを抱いている。
長いものに巻かれることに一生懸命なのだ。
日本で言えば、Tokyoあるいは首都圏が一番だと思い込んでいる。
特にずっと首都圏に住んでいて地方のことを何も知らない人間と、地方から首都圏の大学に入学した人間にこの種の人間は多い。
そして実力がないのに自分がTokyoにいるというだけで、自分が一番であるような錯覚に陥っている。
極端な場合、首都圏以外は日本ではないという考えの持ち主さえいる。
気付いているかは知らないが、彼らはそのように思うことで自我を保っているのだ。

Type2:一番が哀れだと思っている人

彼らは競争が嫌いなわけではない。
しかし一番より二番、三番がいいと思っている。
一番が憎まれること、嫌われることを知っているからだ。
そのような人物は地方出身で、Tokyoには修学旅行でしか行ったことがないという人に多い。
彼らは、Tokyoに住む人間を偉そうだと思い嫌悪感を抱いているため、Tokyoには住みたがらない。
Tokyoは好き勝手やってもいいけど、こっちに迷惑をかけるなと思っている。
彼らもこうして自我を保っている。

TokyoそしてOsaka

Tokyoは日本の首都だ。
国会議事堂や皇居があり、多くの大企業の本社があり、外国のお店もここに第一号店を構えることがほとんどだ。
イベントもTokyoでは必ず開かれるため、地方からわざわざ夜行バスなどに乗って来るという人が多数いる。
Tokyoにはチャンスがたくさんある。
人口では二番目に多いOsaka、あるいはKyotoといった大阪都市圏は、Osakaがアホで借金まみれであるため、日を追うごとにTokyoとの差が開き、今や首都圏一極集中とまで言われている。
今や「なんでやねん。」というツッコミさえむなしく聞こえる。

Type1がTokyoから消え去り、実力あるType2がTokyoに行けば日本はよくなる

Type1には得てして実力が無い人間が多い。
彼らはTokyoにいることに満足して、多くの機会を逸している。
Tokyoにいる多くの人間がそうであるため、彼らはそのことに気付いていないが、地方と比較したときのTokyoの圧倒的な便利さには気付いているため、Tokyoから離れようとしない。
しかしごく少数のTokyoに住む人間はその機会を最大限活用し、ある人間は日本経済を支え、またある人間は犯罪に手を染め、日本を動かしている。
Type2の一部にはTokyoに行けば、日本をより良く変えることができるかもしれない人間がいる。
あるいはTokyoにいなくても、一番になるということに対する嫌悪感を捨てれば、日本に良い変化を与えてくれるであろう人間がいる。
昔のようにOsakaがTokyoと影響力を二分する存在だったら、Tokyoに人が集中しようが問題はなかったが、Tokyo一辺倒の現在、Tokyoに要らぬ人間が集まるのは人的資源のムダといっても過言ではない。

以上。