日本、このイカレたシステム

同じような時に同じようなことを考えて、それを表現される方↓がいるんだということに驚いた。
「日本というシステム」は持続可能なのか? - Rails で行こう! 「日本というシステム」は持続可能なのか? - Rails で行こう!
未だにトラックバックというモノ自体、勝手にしていいモノなのかよく分からないんだけど、この偶然の(ブログ記事との)出会いに免じて、許していただきたい。
↑のブログを書いている方は、僕よりはるかに優秀で波乱万丈な人生を送られているようですが、やっぱり経験者の談話には説得力があるというか、他人を惹きつける文章能力がありますね。

気になったところ

以下、気になった部分を引用。

いま日本企業が行き詰まっている。とくにかつての花形であった、総合家電メーカーの凋落が著しい。ひょっとしたら、彼らの組織の作り方や仕事の進め方が根本的な部分で間違っている可能性はないだろうか。日本人は、仕事と学校の勉強は全く別のものだと考えている。仕事のやり方は、すべて先輩から後輩へ OJT で伝えられる。それは、理論的に検証されたものというより、ある時期、上手く機能した経験則の集大成であることが多い。しかし、そのやり方が機能する前提条件が変化したのに、相変わらず同じやり方を続けようとしてはいないだろうか。

有名な話なのかもしれないけど、「大学での勉強は役に立たないから、会社に入ってから一から教えます。」と言った某自動車メーカーのお偉いさんがいたという話を聞いたことがある。
小さいながら、「会社では効率が大事とか言っている割に、大学と会社の間の効率は気にしないんだ。変なの。」と思った。
もちろん全てを先輩から後輩へのOJTで教わるわけではないだろうけど、そのようなOJTが良くも悪くもその会社のシステムに新入社員を染めるという役割を担っている以上、先輩から後輩へのOJTの比率が高くなればなるほど、企業は硬直化するのではないかと思わなくもない。

日本のシステムの限界

多くの日本人は「今」の日本というシステム(就活とか就労など)に限界が来ていると思っているはず。
だから持続可能かどうかと問われたら、今のままじゃ無理だから新しい(アレンジを加えた)システムにすべきで、そのアレンジ方法はelm200さんのおっしゃる通り↓であると自分なら答えるだろう。

日本経済が長期低迷を抜け出すためには、日本人の一人一人が、新しい時代の環境に照らして、古い信念を検証し、捨てるべきものは捨て、残すべきものは残し、新しい信念を形成していかねばならないのではないか。その過程で、日本人は外国企業の経営のあり方や、最新の経営理論からも謙虚に学ぶべきだ。

でも、昨日の記事にも書いたけど、多くの人は変化を起こす気がないor起こせない状況にある。
いくら頭では分かっていても、身体を動かせない日本人(僕含む)が多い。
この異論を唱えないというかアウトローになることを避ける日本人の性質(あと日本人の生真面目さ)が、昔の日本の経済成長を支えたのかもしれないが、今の日本にはこの性質がマイナスに働いていると思う。
ではどうすべきなのか。
唯一解として限定したくないし、現実にはいくつか解があるとは思うけど、よく言われるオーソドックスな解を挙げるとしたら、成功体験を増やすということではないだろうか。
新しい考えを持った人がリーダーになり、その考えに共感し、行動を起こせる人が組んで、会社やプロジェクトをつくり、成功する。
その積み重ねにより、身体を動かせない人を徐々に感化していく。
elm200さんのおっしゃる方法で日本人一人ひとりが学ぶべきだけど、学んだ後は、先行している者がどんどん声を挙げていくべきではないだろうか。
別に声の挙げ方は起業やリーダーになるだけではない。
海外ニートさんのようにブログで声を挙げてもいい。
個人的な意見だけど、今の日本は海外ニートさんのような個人的な成功体験が蓄積されている時期で、ある程度蓄積されると、そこから湧き出る岩清水のように集団の成功体験が続々と出てくるようになるのではないだろうか。
というか、そのようになって欲しい。
そして最終的に多くの人がその成功体験を認知するようになり、システムが変わる。
特に国家のような大きな括りのシステムが変わるときって、こんな感じでは?と思ったりする。
ただ、欧米は昔からこの蓄積→変化を繰り返している分、このサイクルが日本より短いんだと思う。
以上。
経済的には日本は欧米と肩を並べているかもしれないけど、社会的な面ではまだまだっていうことなのかな。
イカレたシステムがイカしたシステムに変わるのはいつなのだろうか。
とまあ、くだらないダジャレでこの記事を〆る。